会社名
株式会社サクラオブルワリーアンドディスティラリー
インタビュー概要
- インタビュー日付:2025/07/01(火)
- インタビュー対象者:白井社長・白井会長
被害の状況
① 業界
- 戦後は基本的に食料が配給制で、当時はスーパーがなく、お酒の原材料が十分に揃わなかった。
- 当時は主に中国・上海とのお酒のやり取りが行われていたが、最終的には良い業績を残せなかった。
② 自社
- 廿日市の海沿いに位置し、爆心地から距離があったため、会社は倒壊せず、死者もほぼ出ず大きな被害を免れた。
- ウイスキー、ジン、焼酎などビール以外の酒を製造していた。
③ 自社周辺
- 爆心地から離れており、周辺にも特に被害はなかった。
初手の復興での頑張り(復興の原動力)
- 特定の企業との協力ではなく、原爆被害を受けた多くの企業や一般の人々の「一致団結」の思いが原動力となった。
その後の本業が地域社会に及ぼした影響
- 周辺の学校には当時プールがなかったため、二葉会として周辺企業11社と出資し、25mプールを設置。
- 学校の授業で使用できるようにして、地域教育に貢献した。
復興をなし得たと思ったタイミング
- 1968年、東京でお酒が売れたときに、復興を成し遂げたと実感した。
- 戦後すぐは配給制のため材料が揃わなかった中、上京させた酒が販売できたことが大きな転機となった。
取材班:5組3班